人工知能がノーベル賞を獲る日、そして人類の未来
秋も深まりを見せ始めた11月11日、第4回ICU同窓会リベラルアーツ公開講座が、「還暦」を迎えたディッフェンドルファー記念館で開かれた。ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長の北野宏明氏をお迎えしての今回の講座は、これまでのように都心ではなく、大学のキャンパスでの開催。
ソニーの犬型ロボット「AIBO」の開発者、また国際的ロボット競技大会である「ロボカップ」の発起人としても知られる北野氏が今回とりあげたテーマは「人工知能がノーベル賞を獲る日、そして人類の未来」。チェス、将棋、囲碁で世界のトップの棋士たちを撃破してきた人工知能(AI)は、ここ数年でクルマの自動運転やスマートスピーカーなどの形で一気に日常生活の中に入り込みつつある。便利ではあるが、「人間の仕事がなくなるのでは」という予測も頻繁に耳にする。AI研究の第一人者である北野氏はどうみているのか、D館オーディトリアムは高校生から卒業生まで幅広い聴衆の熱い期待に満たされた。
北野氏が呼びかけて始まったロボカップは「西暦2050年までに『FIFAワールドカップのチャンピオンチームに勝てる、自律型ロボットのチームを作る』という夢に向かって人工知能やロボット工学などの研究を推進し、様々な分野の基礎技術として波及させることを目的としたランドマーク・プロジェクト」と位置付けられている。1997年に第1回大会が名古屋で開かれ、以後毎年世界各地で開催されてきた。
北野氏がプレゼンで見せてくれた第1回の試合の映像では、フィールドに立つロボットたちはまともに動かない。「これをみて、今の災害救助や産業用途で活躍するロボットを想像できた人はいたでしょうか?」と北野氏は問いかけたが、あまりいなかったのではないだろうか。ところがそれから何年もかけて企業や大学の研究者たちによる改良を重ねたロボットが、生身の人間(サッカー選手ではない)と対戦する映像は、驚くほどスムーズにかつ高速で移動し、パスを回し、シュートを打っていた。
何が変わったのか。北野氏はAIの進化を説明してくれた。1997年にチェスでDeep Blueがカスパロフに勝ったときは「力任せな部分と技術的方法論があった」という。2014年には将棋で、2016年には囲碁でAIが人間に勝利したが、チェスも将棋も囲碁も「解くべき問題に関係するすべての情報がわかっている」問題=「完全情報問題」であり、大規模なデータの並列処理が可能になったことでAIの性能が飛躍的に向上していった。AIの「勉強法」である「機械学習」「深層学習」も、これまではAIが学べるように情報を「記述する」ことが一種のハードルになっていたが、画像認識技術の進歩などにより、人間が教え込まなくてもデータを与えればその記述を自分で見つけ出し学習するようになった結果、性能がどんどん高まっていったという。
その水準を例えて言えば、過去の棋譜があり、それを包摂するより多彩な打ち手があるとすると、2016年に韓国のイ・セドル氏、2017年に中国の柯潔氏を連覇したアルファ碁(AlphaGo)は、そのさらに外側にもある、人間が想定しない打ち手を持っているという。アルファ碁を更に進化させたアルファ碁ゼロ(AlphaGo ZERO)は、過去の棋譜情報を与えずに自分自身と対戦を繰り返すことで、もっと広大な独自の棋譜の世界に到達しているそうだ。
これに対して、最新のAI研究は「実物理世界問題」が対象。実物理世界問題とは、ゲームと異なり、自動車の運転やサッカーなど、決まった答えがない問題。自動車の自動運転でもサッカーの試合でも、周囲では複数のクルマや人が同時に動いており、たとえ画像認識センサーがすぐれていても、状況は刻々と変化し予想できないことも起こりうる。入ってくる情報もノイズ(ゴミ)や誤りが含まれる。「正解」と呼べるものはなく、次にどう動くかを自律的に判断しなくてはならない。
完全情報問題から出発したアルファ碁の進化形であるアルファ碁ゼロは、その意味で実物理世界問題に向き合えるAIといえる。生身の人間と互角に対戦できるロボットたちを動かしているのも、自律的判断を高速で繰り返すAIだ。
北野氏はロボカップとは別に「2050年までに医学・生命科学の分野でノーベル賞級の発見をするAIを作る」という目標も設定している。その前提として、「科学的発見のプロセスは、産業革命以前の状態」と指摘する。発見が「直感に依存している」からだ。医学・生命科学のように論文や実験のデータが多すぎる分野で新発見をする場合、偶発性の賜物(セレンディピティ)であることが多いという。そこに、AIを活用したシステムバイオロジーを導入することを北野氏は提唱している。
では、もし人間が理解できないパターンやルールをAIが見つけたとき、何が起こるのか?囲碁では、名人が考えもしなかった打ち手が次々と繰り出されたが、ほかの分野ではどうすればいいのか。グランドチャレンジの進展は、研究に何をもたらするのか?北野氏は、「科学的発見過程の深い理解と再構築から、人間とは違う科学的発見のプロセスが生まれ、AIとの共同作業で科学的発見に飛躍が生まれる結果、人類が経験したことの無い速度で知識が生み出される。AIは研究に不可欠なツールとなり、高度な人工知能システムが無い研究所は、競争力を失うだろう」と語った。北野氏の問いかけは重い。
最後に北野氏は「AIが優れているのは精度を上げ、効率性を高めること。人間はクレイジーなことがどのくらいできるかも大事で、想定外のことが進化・革新につながることもある」と強調した。「AIは人のクリエイティビティを増大するために使う『道具』ですから」。
講演終了後、会場からは学生など若い世代からの質問が相次ぎ、充実した時間が過ぎていった。
文:新村敏雄(27期、ID 83 )