EVENT

基督教伝道献身者の会支部

第1回支部会「基督教伝道献身者の会」の報告(2019.10.14実施)

日時:2019年10月14日(月)13:30~15:30

会場:シーベリーチャペル

プログラム:(司会 有馬平吉さん)

  1. 讃美歌225番「すべてのひとに」
  2. 開会の祈り
  3. 参加者紹介(名前、卒業期、所属)
  4. スライドショー『ICU創成の歴史を訪ねて』(解説 富岡徹郎さん)
  5. ショートスピーチ(3名)
  6. 渡辺正男さん(牧師)、長沢道子さん(福祉)、佐藤愛さん(聖書科教師)
  7. お茶と懇談
  8. 記念写真撮影
  9. 今後について提案
  10. ICUソング
  11. 閉会の祈り(伊藤瑞男さん)

「♪すべての人に のべつたえよ
神の賜える よき知らせを
父なる神は み子をくだし
救いのみちを ひらきませり」

まずこの讃美歌225番を高らかに歌い、開会の祈祷。当日の参加者(28名)の紹介の後、『ICU創成の歴史を訪ねて』というスライドショーで開校当時の貴重な写真を26期生・ICU常務理事の富岡徹郎さんが解説をしてくださいました。まさにICU開校の原点を再確認する貴重な機会となりました。その後、其々異なった分野から3名の方々に「ショートスピーチ」をしていただきました。

 

◆渡辺正男さん(4期生・日本基督教団隠退教師)

《あなたはわたしに従いなさい》

わたしは引退して10年になります。齢を重ねました。この集いに参加することにもためらいがあったのですが、思い切って出席しました。短く、自己紹介のような話をいたします。初めに、聖書を一か所読みます。ヨハネによる福音書21章20-22節。22節の「あなたは、わたしに従いなさい」という復活の主のお言葉に関連して、一言お話しします。

わたしの知り合いは牧師が多いのですが、牧師の仲間というのは、仲がよいようで、実はあまり仲が良くない。不思議なものです。同労者として、仲間の苦労や困難はよく分かり心配したり、同情したりするのですが、仲間の成功には素直に喜べないことがある。その相手と自分を比べてしまうのですね。みなさんはどうでしょうか。身近な友人や仲間のことで心配したり、同情するのですが、時に仲間をうらやんだりする。そのような心穏やかでない思いになることがあるでしょうか。今読んだヨハネ福音書21章ですが、ペトロは、復活の主イエスから再度の招きを受けたときに、ふと、仲間のヨハネの姿が目に入りました。ペトロは、思わず、「主よ、この人はどうなるのでしょう」と問うています。ペトロは、一緒に競い合うようにして励んできたヨハネの姿を見て、気になったのですね。自分はこれから苦労する、殉教するかもしれない、と言われている。では、この友はどうなのだろう、とペトロは対抗心のような思いを抑えられなかったのでしょう。そのペトロに対して、主イエスは、「あなたは、わたしに従いなさい」と叱るように言われた。「あなたは、わたしに従いなさい」の「あなたは」は、強調して書かれています。「あなたは、あなたとして、わたしに従いなさい」と訳すこともできると思います。主イエスはペトロに、「あなたはあなたではないか。あなたなりにわたしに仕えなさい」と言われた。「あなたの友ヨハネは、長命で、教会によく仕えて、多くの人に敬愛されるだろう。でも、ペトロよ、あなたはあなたではないか。あなたなりに、わたしに従いなさい」―主イエスは、そう言われたのだと思います。

わたしも、仲間や友人のことが気になることがあります。友人が、よい仕事をしている、上手に人生を生きているようにも思える。何かにつけ恵まれているように見える―そういうことがある。そのような者に、復活の主は、「あなたはあなたではないか。あなたなりに、わたしに従いなさい」と叱るように、語ってくださる―わたしはそう受け取っています。わたしにとっては、叱られるというより、主の温かい招きのように思えるのです。

自分なりに主に従う―わたしは、ある時期から、意識して、自分なりに主に従う道を探るようにして歩んできました。60代になってから、2つの伝道所に仕えました。青森の伝道所に仕えていた時に、青森市にあるハンセン病寮所松丘保養園のキリスト教松丘聖生会という教会の礼拝に関わりました。7年、その松丘聖生会の礼拝説教のご用を担当しました。そのかかわりで、引退した時に東村山市にあるハンセン病療養所・多磨全生園の秋津教会の礼拝に招かれたのです。ここに出席されている好善社の棟居 勇牧師に声を掛けていただいて、秋津教会の礼拝に出席して、秋津教会のみなさんと親しくしていただいています。月1度、礼拝説教を担当して、ちょうど10年になります。ちなみに秋津教会は、1期生の小澤貞雄先生が10年牧師をして、亡くなってからは3期生の棟居 勇先生が跡を継ぐようにして、牧会をしてきている教会です。

こんな句があります。「残菊や全生園のほか知らず」ハンセン病療養所の方々はみな齢を重ねています。平均年齢は80代後半です。その姿を「残菊」にたとえたのでしょう。療養所に強いられるように入れられて、偏見と差別に耐えて70年、80年と生きてきた。「残菊や 全生園のほか知らず」。その方々と礼拝を共にして、主の福音にある慰めと喜びに一緒に与りたい、そういう形で、ささやかでも自分なりに主に従いたい―わたしは今、そういう思いでいるのです。

三宅俊輔という医師がいました。三宅俊輔という人は、熊本の回春病院の院長を長くされて、ハンセン病の患者に仕えた人です。信仰の俳句を詠んだ、あの玉木愛子さんも、三宅医師の世話を受けましたね。三宅俊輔医師は、神学校で学び、伝道師にもなったのですが、医師としてハンセン病患者の治療にあたるという人生を選びました。「下積みの仕事を黙々としている」と言われ、多くの患者に慕われた人物であります。三宅医師は熊本回春病院の院長を30年務めました。亡くなった時、三宅医師の自筆の書が残されていて、それには、「記載すべき履歴ある男に非ず」と書かれていました。「記載すべき履歴ある男に非ず」。三宅医師はそう記して、その歩みを終えたのです。回春病院に入院していたアララギ派の歌人が、隅青鳥という歌人ですが、三宅医師のことをこう詠みました。「『この男、記録すべき履歴なし』 師のみ言葉の聞き心地よし」。「・・・」(森 幹郎『ハンセン病史上のキリスト者たち―足跡は消えても』)。

わたしには、「記録すべき履歴なし」という潔い生き方は出来ません。でも、「あなたは、わたしに従いなさい」という主イエスの温かい招きに応えて、自分なりの道を探って歩むという願いは、大事にしたいと思っています。終わります。

 

◆佐藤愛さん(56期生・日本基督教団西千葉教会副教師、東洋英和女学院聖書科非常勤講師)

*佐藤さんは当日子供さんが熱を出されて欠席でしたが原稿が代読されました。)

今日は家庭の事情で出席することが出来ず申し訳ありません。代読していただけますことを感謝申し上げます。スピーチの枠が、「教務教師から一人」ということで、恩師の有馬先生にお声をかけていただきましたが、私は4月に学校に遣わされたばかりですので、大変恐れ多く思っております。

私は普段は西千葉教会に仕えておりますが、週に1回、東洋英和女学院で聖書科の授業を行っています。高1と高3、合計4コマを担当しております。授業初日、教室に足を踏み入れた瞬間から、聖書科は内職をする時間だといわんばかりに、殆どの生徒が他の授業の課題やおしゃべりをしていましたが、自分もかつてはそうだったので想定内の光景でした。ICU在学中に教育実習を行って以来、おそらく9年ぶりくらいに教壇に立ちましたが、聖書科教授法の授業で学んだことは鮮明に覚えています。それは、ご指導くださった有馬先生やあんり先生の授業がとてもインパクトあるものだったからでした。あんり先生が、私を海に喩えてくださったお話は、今も私の自己理解の要となっています。授業の話に戻りますが、その内容は、半分が生徒の発表、残り半分の半分、つまり4分の1が、生徒が顔を上げるようなお話(聖書の話とは限りません)、残りの4分の1がシラバスに指定されている内容の授業を行っています(高3はキリスト教の歴史、高1は使徒信条)。宗教科主任の高橋貞二郎先生や中学科・高等科の学科長の先生方が願われていたことは、「教科書を教えるのではなく、教科書を通して御言葉を伝える」ということでした。私も、この先生方の熱い伝道への思いに共感し、私自身が神様から与えられた最も良いもの、命の糧である主の御言葉を、生徒一人ひとりに伝えたい!という思いで授業に臨んでいます。神様は一人ひとりのことを御心に留めてくださっているということを知ってもらいたい、そのために神様十分に用いてください、と祈り願いながらの半年でした。

最近は授業前後に生徒と談話することも多くなり、他の教職員とのやり取りも楽しんでいます。直接指導してくださっている高橋貞二郎先生は、牧師としても教師としても良き学びを与えてくださり、心から尊敬しています。また、経験浅く未熟な私を何よりも支えてくださっているのは、授業の前後に捧げる祈りを聞いてくださっている神様であることを、身を持って感じています。

何だかありきたりなことしか言えませんが、私が東洋英和に遣わされて本当に良かったと思うことの一つは、学校礼拝の恵みです。子どもを保育園に送る時間の制約上、朝8時から始まる学校礼拝に毎回出席することは出来ないのですが(学校礼拝に出席するためには、朝6時台の電車に乗らなければならないのですが、保育園は7時から開園なのです。)、1・2ヶ月に1度くらいのペースで学校礼拝の説教奉仕をさせていただいています。その礼拝の中で、会堂一杯に響く生徒たちの歌声の美しいこと!ここは神の国か、と思うような、本当に素晴らしい感動的な賛美で会堂が満たされるのです。先日、期末テスト期間に学校礼拝の説教をいたしました。説教の中で、「ごまじるこ」の話をしました。ある雑誌に掲載されていた平塚らいてうさんのレシピなのですが、「ごまじるこ」とは、ごまのお汁粉のことです。ある日、これを作ってみようと思い立ったのです。黒ごまを強火で炒って、炒った黒ごまをひたすらすり鉢で擦りまくり、ぬるま湯と砂糖と塩少々を加える、というものです。レシピに、「黒々と照った、たとえようもないほど滑らかな泥状になるまで擂ること。」と書いてある通り、一日かけてごまを繰り返し繰り返し長い時間をかけてすったというエピソードとともに、聖書の言葉も繰り返し繰り返し聞いて欲しい、最初はよく分からないに決まっているけれども、それで見限るのではなくて、学校礼拝、それから日曜日に教会に行って、繰り返し神様の御言葉に親しんでほしい、ということを語りました。そうしたら、その日の聖書科の期末試験で、何人かの生徒が解答欄に「ごまじるこ」と書いていました。「ジョン・ウィクリフが神の言葉を民衆に伝えるべく何をしたか答えなさい」という質問に、「ゴマを擦ること」と解答した生徒もいれば、解答用紙の欄外に、「これからはゴマを見るたびに先生のことを思い出しそうです」と書いてくれた生徒もいました。そんなゴマにあふれた生徒たちの解答用紙を採点しながら、生徒たちが卒業して、私の話した授業の内容は忘れても、食卓によく登場するゴマを見るたびに学校礼拝の空気やみんなで歌った讃美歌を思い出してくれるだけでも良いではないか、と思ったのです。東洋英和で蒔かれ続けている、たくさんの小さな信仰の種は、きっと神様が芽吹いてくださることを信じています。

教会と子育てと学校、そして今年から大学に編入学し他分野の学びを始め、思いのほか忙しい毎日を送っています。他にも皆様と分かち合いたいことが色々あったのですが、時間の都合上、ここまでとさせていただきます。皆様の尊いお働きを心からお祈り申し上げます。ご清聴ありがとうございました。

 

◆長沢道子さん(8期生・牧ノ原やまばと学園理事長)は、折しも襲われた台風の影響で残念ながらご欠席となられました。急遽その「代理役」をお願いし、

◆棟居勇さん(3期生・日本基督教団隠退教師、好善社理事)にエーミル・ブルンナー博士のことについて話していただきました。

この10月にICU図書館歴史資料室で「エーミル・ブルンナーとICU」という企画展示が始まる予定です。ブルンナー先生は、草創期のICUで非常に大きな役割を担われ、忘れられてはならない存在です。私は3期生ですので、2年半にわたる先生の日本滞在の最後の3カ月間しか先生に接する機会を持たず、ICUにおける先生について十分知っているわけではありません。ただ、先生の神学的主張「自然神学」を卒論で扱ったのと、先生の薫陶に与った1、2期生先輩たちの聖書研究のグループに入れてもらった関係で先生を非常に身近に感じ、先生のICUでのお働き、また神学を非常に高く評価しています。そんな関係もあり、神田盾夫先生のお弟子さんたちがつくるペディラヴィウム会で、依頼を受けて与えられた「改革者としてのブルンナー-キリスト教の可能性」という題で講演をしたりしています(「ペディラヴィウム会通信」に掲載)。

ブルンナー先生は、「日本の民主化」のためにという強い使命感をもって日本に来られました。ICUに来られる前に、YMCAの招きで戦後の日本に来られたのですが(1949年秋2カ月間)、その時敗戦後の日本の実情を見、日本の戦後の復興は単なる復興では成らず、キリスト教という「魂」が入らなければならないと判断されたのです。そのために自分がお役に立ちたいという強い思いを抱いて、言うなれば「宣教師」として、ICUの招きに応え、再度の来日を果たされたのでした。ただ、当時の日本のキリスト教界、神学界は先生の神学的主張を十分理解し、受け止める理解力を欠いていたために、残念ながら先生の日夜を分かたない、粉骨砕身のお働きは十分実を結ぶことがなかったのでした。

ただ、ICUにおいて、先生がキリスト者学生有志を集め、始められた「インナーサークル」という信徒訓練グループは、「日本との不幸な出会い」を経験された先生の日本における、尊い遺業となったのでした。この「インナーサークル」というのは、これからの世界の伝道(宣教)は、教職者だけにまかされていてはいけない。信徒一人ひとりが伝道者にならなければならない。それこそが宗教改革の精神の一つ「万人祭司制」の意味である。実業家、労働者、医師、教師等である信徒の証しの言葉のほうが、教職者の言葉以上に力を持つ場合がある。そこに信徒伝道の意味がある、という先生のお考えに基づくものでした。具体的には、共に集まり、聖書を学び、それを分かち合い、共に祈りをするというものでした。先生はそこにご自身の魂を注ぎ込まれたのでした。スイスに戻られた先生が後日「自分の魂の半分は日本にある」と言われたのは、そのような学生たちと過ごした忘れ難い日々の回想から出たものだったと言ってよいでしょう。

そのブルンナー先生の企画展示、ぜひ多くのみなさんに見ていただきたいと願います。

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休憩後、後半(「二時間目」)は「ICUのCクイズ」を入れたり、お茶を飲みながら参加者の皆様全員に一言づつ近況・心境等を自由にお話しいただき、和やかで楽しい時間はあっという間に過ぎました(予定よりオーバーして)。

ICUは神学校ではないにもかかわらず、戦後日本のキリスト教界に多大な貢献をしてきている多くの卒業生を輩出している稀有な大学です。その卒業生たちの(故人も含め)働きを紹介するような冊子を作成してはどうかという提案がなされ、今後の課題とされました。「記念写真撮影」「ICUソング」「祈祷」をもって、第一回の「お茶と懇談会」は無事終了しました。


(*記念撮影の時間には予定もあり先に帰られた方々もおられます)

会計報告

同窓会から「支援金」が2万円支払われています。今回ショートスピーチをお願いした方々には交通費の一部をお支払いする予定でしたが、お二人が急遽事情で参加できなくなり、お一人は「近場ですから」と辞退されました。「支援金」の残金は、「繰越し金」として今後の活動に用いていくことが同窓会からゆるされています。

収  入 支  出

同窓会からの支援金

20,000円

郵送費

2,870円

発題者交通費

0円

事務費

3,000円

会費(500円×28人)

14,000円

茶菓子代

16,713円

残菓子買い取り

2,713円

小  計

36,713円

小  計

22,583円

前期繰越

0円

次期繰越

14,130円

合  計

36,713円

合  計

36,713円

ICU同窓会「基督教伝道献身者の会」

支部長・有馬平吉 事務局・梅津裕美

 

日時

2019年10月14日(月)13:30~15:30

場所

シーベリーチャペル