プロフィール
国際基督教大学国際関係学科卒 1981年5月12日、岐阜県生まれ 岐阜県立大垣北高校(野球部所属) 国際基督教大学(アポッスルズ、2000~03) オンワードスカイラークス(04~) 2005年NFLヨーロッパリーグナショナルキャンプ参加 2006年NFLヨーロッパリーグアムステルダム・アドミラルズ配属 2007年NFLヨーロッパリーグハンブルク・シーデビルズ配属 ポジション:セーフティ
- 齋藤
- 堀龍太さんには今回インタビューをお願いしたのは、ICUを卒業してプロのスポーツ選手しかもアメリカンフットボール!ということからその生き方が非常にユニークだと思ったからです。NFLに選ばれるなんてすごい確率でなし得たことだと思いますし、並の努力や意思だけのではない「何か」があると思います。今回のインタビューを通して、「こんな風にしているとプロの選手になれるのか」と読んでいる人に強い刺激を与えたり、後輩に対して、「ICUに入ってもこういう生き方があるのか」ということを知ってもらえればと思っています。よろしくお願いしますね。
- 渡辺
- 私は大学時代にアメリカンフットボール部のマネージャーをしていました。きっかけは、アメフトのマネージャーになった友達からの「人手が足りないから手伝って!」というひと声だったんですが、大学生活を振り返るとフィールドでジャージ・短パンで過ごした記憶しかないほど、大きな部分を占めています。当時のICUはアメフトに興味がある男の子は少なかったので、というかICUにアメフトをしに入ってくる人は皆無だったので、新入生を勧誘する時期、花見などは、どうやって部にいれようかと総出で新入生搦めとり作戦に必死だったんですよ(笑)。 そんな部活から堀さんみたいなNFLアメフト選手を輩出できたことは驚愕の事実で、例えが悪いかもしれませんが、ワールドカップで日本が初出場で優秀してしまうくらいのレベルの驚きです。今日はそんな後輩の話を聞けるのがすごく嬉しくて楽しみにきました。
- 堀
- 素晴らしい先輩達にお会いできこちらこそ光栄です、よろしくお願いします(緊張)。
アメフトとの出逢いは中1のころ。 テレビでライスボールを見てかっこいい!と思った。
- 齋藤
- 僕が不思議に思っていることは、「なぜICUからアメフトのプロ選手になれたのか?」ということなんです。本当にすごいなと思っているのですけど、昔からアメリカンフットボールの選手になりたいと思っていたんですか?
- 堀
- 生まれが岐阜で、小1から高校3年からまで野球をしていました。高校は地域の進学校でしたが、毎日野球の練習をしていました。
- 齋藤
- それで、高校野球の目的と言える甲子園に出場できたんですか?
- 堀
- いえ、駄目でした。
- 齋藤
- 高校3年生まで一生懸命スポーツをしたけど、それが駄目だった。そして大学に入って当然やることの選択肢が増えたわけなんですけど、スポーツを止めようと思ったことはないんですか?
- 堀
- 高校生のときに必死に甲子園に向かって頑張ったけど結果的には負けてしまった、「もう野球はいいや」とは思ったけど、スポーツは大好きだったからスポーツを止めようとは決して思いませんでした。小さいころから体を動かすことが本当に大好きでしたから。
- 齋藤
- スポーツ少年が、そのままスポーツ青年になっちゃったって感じ なんですね。アメフトとの出逢いはいつだったんですか?
- 堀
- 中学校1年生の時に社会人と大学生が日本1を決めるライスボールで京都大学が優勝するのを観て、かっこいいと思ったのがアメフトとの出逢いです。京都大学はスポーツもできて頭もよくてかっこいいと思って憧れていました。父が弁護士であることもあり、京都大学の法学部に入ってアメフトもしよう、そして弁護士になろうと思っていました。でもちょっとした手違いで・・・というか、高校3年生までずっと野球をやりすぎたら、高校3年生のときの成績が京都大学は届かなかったことと、当時弁護士に拘るよりも、他の選択肢が自分にはあるのでないかと思い、世界を広げたいと思っていたので慶応大学のSFCに興味を持ちました。僕には姉が2人いて、一番上の姉がSFCに通っていて、すごく魅力的な大学ということを聞いていたし受験教科も英語と小論文だけだったので、SFCに入ろうと思っていました。第二志望でICUだったのですが、結局SFCが駄目でICUが受かったので、ICUに入学し、アメフト部に入りました。
- 斎藤
- なるほどね〜。家族の影響が結構大きかったわけですけど、失敗の結果だったわけですね。でも、そもそもなんで中学1年生の時アメフトがかっこいいと思ったんですか? アメフトがテレビに登場することは極めて稀な時代であったせいだとは思うけど、僕は大学時代にアメフトの練習風景を見た時に、全然かっこいいって思わなかったんです。なんか硬い木みたいなのにぶつかって練習している姿を見て「そんなことしてたら、絶対に腰痛めるで〜」と思っていました。
- 渡辺
- う〜ん。斎藤さん、私の意見を述べさせて頂きますと、アメフトというスポーツをやっている姿が美しいのです。あのアメフトをしているときの整然とした「しゃき!」としている姿が美しく「かっこいい」のだと思います。あとはユニフォームも素敵というのはあるとは思いますが・・・。
- 堀
- アメフトの魅力を多くの人に知ってもらい、日本でもっと浸透してくれたら嬉しいですね。今度是非僕の試合を観に来てください!
- 齋藤
- すみません。なにしろ全然わからないものなんで。
- 渡辺
- でも、高校生のとき甲子園を目指すほど頑張っていたのなら、大学に入ってからICUのアメフト部では物足りなくはなかったですか…?いいチームではあるけれど。
- 堀
- 高校のときは確かに高校野球のため野球ばかりやっていたのですが、大学に入ってからは、第二男子寮で寮生活も大変、勉強も大変ということもあり、両立できるだけの適度のスポーツを求めていたのでアメフトはそういう意味で、ちょうど良かったです。
- 齋藤
- それでICUの大学に入ってアメフト部に所属して、その後ICUの大学院に一時は入学したのですよね、何故ICUの大学院に入ったのですか?
- 堀
- 僕は政治に興味があり、大学時代の卒論も西尾隆先生が担当教員で大学院も先生の元で勉強したいと思っていました・・・というのもありますが・・・実は、大学4年生のときに就職活動で部活を離れるのが嫌で就職活動をしませんでした(笑)。大学院の入試は2月で、部活を引退してからでも間に合う、というのも大学院に行った理由の1つです。そして大学院に入ってからオンワードスカイラークスに所属しました。
プロの選手になろうと思ってアメフトやっている人なんていません。僕の場合、ある日突然NFLから手紙が来て、その時に「道」が開けました。
- 齋藤
- なるほど、「アメフトをやりたいから就職活動をしなかった」、それは堀さんらしいですね、そうやと思いました。そしてその後、何故プロの道を選ぼうと思ったんですか?
- 堀
- 実は日本の大学生も高校生でもアメフトをやっている人でプロになろうと思っている人は一人もいません。日本にアメフトのプロリーグがないからです。僕自身まさか世界のアメフトで勝負するなんて実は考えたことがありませんでした。
- 齋藤
- えぇ〜そうなんですか。それは驚きですね。自分からは求めなかったわけですね。でも一生懸命自分の好きなことに打ち込んだ。結果として、“驚き”が舞い込んだ。
- 堀
- 大学1年生のときに4年生だった先輩に今NFLジャパンで働いているID01の加藤慶さんがオンワードスカイラークスでアシスタントコーチをやっていたので、オンワードスカイラークスに入りました。実は1年間スカイラークスでアメフトをやり、そのシーズンでの試合をNFLのスカウトマンが見ていて、NFLヨーロッパからの招待状が来たのです。そのときに、僕のプロへの道が「ぱっと開けた」のです、その招待状がきっかけでした。
- 渡辺
- すごい・・・。なんだか「魔法の世界」への招待状みたいですね。その招待状って堀さんご本人もそれまでに「みたことがない手紙」ですよね、初めて見た時に招待状ってすぐわかりました? もしかて来るかも…ってことは、なんとなく予期していたんでしょうか?
- 堀
- いえ、まったく想像もしていないものでした。手紙自体はチームに届き、チームの人から言われました。
- 渡辺
- その手紙が来たときに誰かに相談しましたか?
- 堀
- 相談は誰にもしていませんね。まだトライアウトに参加する権利を得ただけで、NFLヨーロッパに行くとは決まってなかった。だから、ただ単に「嬉しい」でしかありませんでした。そう、そしてその後、まさか自分が選ばれるとは、予想も予期もしてなかったんです。
アメフトの試合は怖い。びびるほど怖い。逃げだしたいと思うほどいつも怖い。でも試合が始まると興奮状況になって、それが楽しくてしょうがない。恐怖心があるから楽しい、そして、それが止められない。
- 渡辺
- アメフトをやっていて、怖いことはないですか? 部活だって怪我する可能性で言うと同じだけれど、プロだとタックルでもレベルが違うわけで…ヘルメットがあってもプロテクターがあっても、怖さが段違いじゃないですか?
- 堀
- 正直に言うと、「びびるほど怖い」。ある意味、レーサーや格闘家の選手の気持ちだと思います。でも、怖いからこそ、「やるしかない」と思わされます。僕の場合は、アメフトをやっているときは、体全体からアドレナリンが出て、日常ではありえない興奮状態になり、それが楽しくて止められません。ある意味、恐怖心があるから楽しいという感じですね。
- 渡辺
- そうか……でも「緊張をする」ことはすごく重要で、アナウンサーでもオンエアで緊張しない人はうまくいかないと言われる面もあるんですよね。怖いという感じる人じゃないと成長できない、「緊張するからこそ、それを乗り越えて成長する」そんなものなのかもしれませんね。
今はアメフトに全力を注ぎ、いけるところまでいきたい。将来のことを考えても今の自分に悔いの残らないように、最善を尽くすのがベストだと思っている。
- 齋藤
- ちょっと無粋な話かもしれませんが、NFLヨーロッパで試合にでるということはそれなりのお給料が貰えるんですか?
- 堀
- 給料で言えば、NFLヨーロッパで試合にでても本当に微細なものです。社会人1年目の人がもらうほどのお給料もなく、これで1年間暮らせるというようなものではありません。
- 齋藤
- では、オンワードスカイラークスの社会人チームは給料でたんですか?
- 堀
- でません。だから昨年は自分の生計をたてるためにアルバイトをしながらアメフトをやっていました。
- 齋藤
- すべてはお金ではないとは思うのですけど、堀さんはしんどい人生を選んできているのに、お金持ちにもなれない。なぜアメフトをやるんですか?
- 堀
- 金持ちになろうという意識をするということよりも「やってみたい」と思うことをやることが、今の僕にとって重要だからアメフトをやっています。
- 齋藤
- 将来は、どうなりたいのですか?
- 堀
- 今はNFL選手になることしか考えてない。その先は考えてないですね。アメフトに全力を注ぎ、行けるところまで行きたい。将来のことを考えるよりも、今の自分に悔いの残らないように、最善を尽くすのがベストだと思っています。
- 齋藤
- 通常、堀さんのようにアメフトの世界に行った日本人は、そのあと、どういう世界に行くんですか。日本で成功した人はいるのでしょうか?
- 堀
- 日本にはプロリーグはなくて、社会人リーグしかない。日本でアメフトをやりながらお金を稼ぐには非常に難しい。結局NFLにチャレンジして活躍できなければ、中途で企業に入ってというような道になる。決して整備された道ではない。でも、日本人でもNFLアメリカに行った人はいないので、NFLアメリカにいけば必然的に世界は変わると思っています。NFLアメリカに行けば、おそらくコーチとかキャスターとか、色々な違う道が開けると思っています。
- 齋藤
- ICUの卒業生がアメリカンフットボールのプロを極めることの意味を考えているのです。例えば、肉体的な強さと頭の良さがどういう風に今後花が開くかの僕の興味なのです。スポーツ選手としてイチロー選手や中田選手は選ばれた人だと思います。僕はICUという大学を出てプロのスポーツの選手になるとはどういうことなのか、ということにすごく興味があるのです。
英語でのコミュニケーションができる強みは僕がICUで学んだこと。 まさかこんなところで役にたつとは思わなかったけど、今の僕には すごくアドバンテージになっている。
- 堀
- アメフトの世界で僕はすごく異質です、NFLヨーロッパに今まで行った日本人の中でも大学リーグの3部あがりの人は誰もいません、今回NFLヨーロッパに一緒にいったメンバーも関西のアメフト有名大学の中の最優秀の選手ばかりでした。そういう選手には、 大学時代はコーチがつきスキルもすごくアメフトをよく知っているという点での強みがある。それに対して今回実感した僕の強みは、 ICUで学んだ英語でのコミュニケーション能力でした。海外でやるとい う上で、コーチも選手も英語しかしゃべれないので、英語でコミュニ ケーションをとることが必要で、そういった意味で僕は英語をしゃべれ るし、英語でのコミュニケーションに違和感がなく、通訳を通してでは なく直接コミュニケーションをとれるということはすごくアドバンテー ジになりました。実はこれはNFLヨーロッパに行く前は感じたこ ともなかったのですが、ICUのときに「生きた英語」に触れたこ とはNFLヨーロッパでの僕の強みになったのです。
- 齋藤
- 「ICUの後輩やプロのスポーツ選手になりたい」と思って いる人に、生きる上で重要なことを何かアドバイスすると何になると思 いますか?
- 堀
- プロのスポーツをやりたい人と限らないで言えば、「何でも自分の 好きなことを一生懸命やることで道が開ける」ということです。そし て、自分の将来には、案外思いもつかないところで自分の頑張ったこと が「強み」として生きるので、何でも一生懸命やるということが重要と いうことです!
やりぬく力とそれを応援する周り 練習は楽しいし苦痛じゃない、でも老後どうしよう〜って思います。
- 齋藤
- 自分がやりたいことを「言うこと」は簡単だけど実際「実現する」 のは非常に難しい。自分がやりたいと思っていても、それを達成す るための、横槍(妨げるもの)があると思うのですが、そういった自分 の夢を実現するのを阻害する要因はなかったのですか?
- 堀
- 僕の周りで今の僕を横槍に入って邪魔する人は本当にいませんでした。家族も彼女も友人も、皆応援してくれました。
- 渡辺
- それは本当に素敵な人に囲まれていらっしゃるということですね!
- 齋藤
- 類は友を呼ぶということやね。
- 渡辺
- でも、今トータルでは楽しいけど、しんどいことも多いと思いま す、どんなところが一番しんどいのでしょうか。堀さんの場合は、練習 なのか、将来が見えない不安感なのか、何になりますか?
- 堀
- トレーニングをすることはアメフトに直結しているのでまったく嫌 ではありません。ただし、今の僕の状況は「将来が見えない」というの は楽しみでもあり辛い部分もある。「老後どうなるのだろう」と思うと 不安になってくる気持ちもあります。今の僕は自由ですが、それは不安 に裏打ちされています、そのリスクは十分に理解して今やっているけ ど、やっぱり不安な部分もありますね。
勝負はあと2〜3年、その間に成長してNFLアメリカに挑戦したい!
- 堀
- ごNFLヨーロッパは若い選手を起用して育てるというスタンス なので、大学を卒業したての選手が多い。そして大体27歳くらい で花が咲かなければもう選ばれることはありません。なので、僕のタイ ムリミットはあと2〜3年です。実際選手としては20歳後 半から32〜33歳くらいが一番いい時期で、年齢を増すにつれ体力 に見合う知識をもち、動きに無駄がなくなります。でも27歳くら いまでにNFLアメリカに選ばれなければその後選ばれることは非 常に厳しくなり、僕も本当にあと数年の勝負なのです。
- 渡辺
- NFLに本当にいけるといいですね〜。
- 堀
- ありがとうございます!本当にいきたいです!
- 渡辺
- 今堀さんがやろうとしていることは、日本人初のNFLアメ リカに挑戦しようとしていて、前人未到のことーー本当に道なき道だと 思います。体調とプレーだけに専念してがんばってほしいけれど、バッ クアップ体制とか整わない部分も多いでしょう。環境整備も含め、大変 だろうけれど頑張ってくださいね。 でも今こんなに好きで打ち込めることに出会えているのは堀さんご自身 とても幸せだけど、50代、60代のときにはどうしているの でしょうね?予想してみたりしますか?
- 堀
- 今、アメフトという面白いものに出逢えて本当に良かったと思って いる。今の段階では、50代、60代の自分が大丈夫か不安な 部分もあるけど、これからの人生で、きっといっぱい面白いことがある と思っています。それは、アメフトの世界か、ビジネスの世界か、どん な世界が待っているかわからなけれど、すごく楽しみにしています。
- 齋藤
- 生き方ということはチャンスと出逢ったときに「これをとるかと らないか」になる。もっともチャンスとは気がつかないことが多いので すけどね。しんどい道を示されたらそれを取るのがチャンスを掴むいい 機会だと思うよ。是非、しんどいことに挑戦し続けてもらいたいと思います!
- 渡辺
- わらしべ長者とか、掴んだものに縁があることもありますよね。 楽しみですね。
- 齋藤
- ひょっとすると同窓会ってその人のチャンスを増やしてあげられ ることができるかもしれないですね、チャンスをとるかとらないかはそ の人が決めるべきことだけど、同窓会で、そうすることができれば素敵 ですね。堀さん、これからも頑張ってください!期待してるで〜。
プロフィール
堀 龍太(ほり りゅうた)
国際基督教大学国際関係学科卒 1981年5月12日、岐阜県生まれ 岐阜県立大垣北高校(野球部所属) 国際基督教大学(アポッスルズ、2000~03) オンワードスカイラークス(04~) 2005年NFLヨーロッパリーグナショナルキャンプ参加 2006年NFLヨーロッパリーグアムステルダム・アドミラルズ配属 2007年NFLヨーロッパリーグハンブルク・シーデビルズ配属 ポジション:セーフティ(S)身長183cm体重87kg ブログ→目指せNFL!堀龍太ブログ